〜光と闇に祝福を〜
バレンタインデー後日譚
アキトと出会って三度目のバレンタインが過ぎた。
２月１５日……今日、私はアキトの看病をしている。
２月１４日はアキトにとっては厄日に近い。
女の子達の好意としてチョコレートをくれるのはいい。
だけど幸か不幸かアキトの周りの女性は天才が多い。
だからかどうか、どこかずれている。
例えば某天才のはずの天然艦長は毎年悪魔の毒々チョコレートというか、食べたら普通に死ねるくらいの毒物を送ってくるし。
某女社長は自分の等身大チョコレートに懲りだしてからはそればかり、あんなもの食べきるのに一ヶ月はかかる（やはり毒物）。
元美少女艦長は割りと普通の手作りではあるけど、ある種呪いが込められていそうな懲りよう。
毒物といえば、ナデシコにいるオペレーターとパイロットからのも毒物だし。
メイドの方はチョコレート風呂なんてわけの分からないものを企画、アキトは火傷して倒れた。
更に看護婦がチョコレート注射なるものを注射しようとしたときには流石に止めた。
（なんでも体に害はないそうだが、信用できない気がする）
他にも私とコンビを組んでコンサートを企画していた某桃色さんは、
出遅れた事に舌打ちをしたものの、アキトが心配らしく、昨日はつきっきりで看病していた。
そして……。
「んっ……ああ、もう朝……いや昼か」
「うん、ちょっと昨日は無茶しすぎだったと思うよ」
「ははは、まあ、いつもお世話になってるしな。無碍にも出来ないさ」
アキトは危うい、目的を持っている間はいいけど……。
それを失えば消えてしまいそうなほど。
だけど、逆に言えばそれこそがアキトの事を誰もがほっとけない理由。
多分これも一つのカリスマの形なんだと思う。
「誰か選べばこんな事も無いのに」
「ははは……」
アキトは乾いた笑いで応じる。
アキトは誰も選ばない、それはうすうす皆も知っている事。
私の中にあるアキトの記憶がささやく、お前には誰も幸せになど出来ない。
破滅を呼ぶだけのお前が人の中で生きていく事などできるものか。
そうアキトは考えている。
「でも、それは逃げだよ」
「ああ、分かっている。十分以上の好意を受けている俺が今更そんな事を言うのは筋違いだって事はな」
「わかってるなら……」
「だが……自分の弱さを認める事は出来ても、自分の過ちを過ちと捉えたまま平静に過せるほど俺は強くない」
アキトの言いたい事、分かるよ。
それはつまり、自分の罪を認めることで逆に人を遠ざけてしまうと言う事。
でも、それじゃあ周りは納得してくれない。
大半の人はアキトの罪をしらないし、知っている人はアキトの苦しみも知ってる。
つまり、アキトの罪を断罪できる人間はいないという事。
それは自分で自分を断罪し続けるしかないと言う事。
正しいかどうかではなく、断罪し続ける事でアキトは自己を確立している。
だから、他人を受け入れてしまえば今の自分は崩壊してしまう。
でも、それが終わりじゃない……。
終わりじゃない事にアキトは気付いていない。
新しい自分を確立させる事。
それが可能である事に気付いていない。
「情けないよな……」
「ううん、そんな事ないと思う。でも、いつかは乗り越えてくれると信じてる」
「買いかぶらないでくれ、俺にできる事はするが、俺にできない事は出来ない」
「誰だって多かれ少なかれ悩みを抱えてる。逃げ出す人だっている。たとえ逃げても私は笑わないよ？」
「逃げてるさ、過去に逃げて、歴史の流れからも逃げて、巻き込んだ人達をないがしろにしている」
ううん、アキトは逃げ方を知らないから前に進むしかなかったのかも。
アキトは逃げる選択ができる場面が多くあった、
バッタに立ち向かった時、ナデシコに乗ったとき、ナデシコを降りた時、ユリカと向き合った時、ネルガルＳＳに助けられた時、ルリに帰ってきてといわれたと
き。
どの時も結局アキトは突き進んでしまった。
ソレが間違いだった訳じゃない、でも……その余裕のなさはもろさとなって今もアキト自身をさいなんでいる。
「でも、私はアキトの影、いつまでも一緒にいるから、きっと……」
その先を言おうとした時、アキトは私の口元に指先を押し付け口を閉じるようにジェスチャーで知らせる。
私は戸惑ったけど、結局話を中断した。
「アメジスト。お前は普通の女の子と何も変わらないさ。子供を生む事だって出来る」
「でもそれは……」
「その先はいいっこなしだ。だからお前も幸せになっていいんだ。俺に付き合う事なんてないさ」
「この頑固親父」
「ははは、確か以前に頑固親父の称号をもらったんだよな」
「そうだよ。でもそこまで心の広いアキトが自分だけは許せないっていうのはどうかと思うよ」
「これは俺の根幹だ、変われば別人になってしまう」
本当に頑固。
どうしようもないよね、でも……それだからアキトでもあるんだろう。
私は少しだけ寂しいと感じた。
「まあいいや、所でアキト。チョコはどうするつもり？」
「あー……うん、とりあえず全部食べないとな。頑張っても完食するには一週間以上かかりそうだが（汗）」
「まー逃げないのもいいけど、そのうち死ぬよ？」
「はははは……そういはいってもな、カグヤちゃんのなんて下手に捨てたらグレードアップしたのが届けられるからな」
「まあ、そうだね」
アキトの周りの女性は天才が多い、アキトの内情も不思議なほどによく把握している。
能力がろくな事に使われないのが玉に瑕だけど……。
「とりあえず今日の朝食といくか……」
そういって辛そうに立ち上がって、チョコレートを見る。
なんかもううっぷといやなものがこみ上げてきているみたい。
食べれば１００％下痢、こんなのが一週間続けば体重が半分になるんじゃないかと思う。
「頑張れ……根性だ……」
「そこまで無理して食べなくても……」
そして、チョコレートにがぶりと思いっきりかぶりつく。
何故ここまで一気に食べるのか、理由は簡単、ちょっとず食べてたら一ヶ月でも終わらないから。
だけど、かぶりついた状態で気絶するアキト……。
「ああ……ガイそこにいたんだな……九十九さんも……なんか花畑が……おっと川があるな、待ってくれそっちにいくよ……」
「しっかり！ アキト！ そっちへ行っちゃ駄目！！」
「えっ、あ……」
アキトの肩をつかんで思いっきり揺さぶりどうにか気付かせる。
今のは相当やばかったんじゃないだろうか……。
というか、死後の世界は本来の世界の死後なんだ……。
そうしたら、私は死んでもアキトのいる死後の世界には行けないって事？
ちょっと鬱になる。
「どうにか今回も生き残れたようだ……じゃ……トイレ行ってくる！！」
「いってらっしゃい……」
アキトにとってバレンタインとは生死をかけたサバイバルと言う感じ……。
正直私まで参加するのが躊躇われる。
もう遅れちゃったんだけど……。
「ああ……なんか全部抜けていった……」
三時間後、魂が抜けたような声を出しながらアキトが戻ってきた、もちろん今までトイレにこもりきり。
時間的にはおやつの時間だけど、それを言うのは酷というものでしょう。
しかし、アキトが拷問まがいの実験で体の感覚を失ってまで生き残れた一因はこれじゃないかと思う。
毒物に対する耐性が異常に強いのだきっと。
「本当……今日は一日寝ててね」
「そうはいうが……まだやる事が山積みなうえにさっき３時間もトイレに入っていたからな」
「何言ってるの死にかけのくせに、別にアキトがいなくてもあの人達はうまくやるよ」
「まあ、そうかもな……」
私は一度アキトの前を引き払い、ささっと食べられるものを作る事にした。
幸いレストランこうづきにいた間に料理はそこそこ習っている。
とはいえ、今のアキトの状態では胃が受け付けるものは限られる。
食べ物は駄目だ、ちょっとした吸い物くらいしか飲めないだろう。
「アキトあんまり食べたくないかもだけど、これくらいは飲んで」
「ん……ああ、コンソメスープかすまないな」
「じゃ、あーん」
「いや、ちょとまて！」
「どうせ、トイレで体力も出し尽くしたくせに」
「うっ……」
「兎に角、あーん」
アキトは心底困った顔をしつつ、それでも一応口をあけてくれた。
かなり照れているのが分かる。
私はそれでも嬉しかった、ううん、アキトがそうしている事は私の望みだから。
アキトは根菜入りのコンソメスープを完食すると、またよこになる。
先ほどよりはかなり顔色もいい。
「いつもすまないな」
「それは言わない約束」
「俺はどっかの病弱なおとっつあんか」
「そんな感じでしょ？」
「否定できないな」
「まあ、それだけ元気が出てきたなら次のチョコ行く？」
「うっ……それは勘弁」
「ふふっ」
「ははは……」
私とアキトは笑いあう、最初のことを考えると私も変わったものだと思う。
チョコの事はしばらくいいからかいになりそう、でも、アキト相変わらず強いんだか弱いんだか。
日常っていいな……。
アキト……ごめんね。
本当は巻き込むべきじゃなかった……アキトを巻き込んでいるのは私……。
「なあ、アメジスト。お前はなぜ俺の記憶の闇まで引き受けたんだ？」
「私は……意識があったわけじゃない、でも強い思いは私にも届いたよ。
だけどきっと私はアキト……貴方のことが知りたかったんだと思う。
アキトは何万年の歴史のなかで、初めて私と心通わせようとしてくれた人だから……」
「長い間生きたんだな……」
「ううん、私は唯見ていただけ、培養層の中でずっと……」
一瞬？ 永遠？ わからないでも、今はずっと続いて欲しいと思っている。
アキトとその周りにいる人々との日々を……。
だから私は決意する、その時が来た時に躊躇わないように。
私は……私はアキトを守れるかな……ううん、絶対に守る。
「アメジスト？」
「あっ、うん……アキト、いなくならないでね？」
「そんなつもりはないさ」
「本当？」
「ああ」
「あのチョコの山を見てもそう言えるの？」
「え！？」
アキトは呆然と窓の外を見る。
そこには、チョコが山積みになっていた、合計トラック３台分。
あれは、私と桃色がコンサートを開くはずのお金で買ったチョコ。
正直どうかと思うけど……買っちゃったものは仕方ないよね？
「頑張って食べてね？」
「ちょっ、ちょっと待てー！！？」
「私のチョコは食べてくれないの？」
「いや、限度ってものがあるだろ！ あれじゃ一年食べてもまだあまる！！」
「えー、他の人の愛はあっても私への愛は無いんだ」
「兎に角もう助けてくれー！！！」
アキトが逃げ出すのを見ながらしてやったりと言う気分になる。
他の女性達もきっとこういうアキトがみたいからわざとちょっとおかしな事してるんだろうなと思った。
逃げ出していくアキトは哀愁や空しさもふっとんで、ただ胃袋への恐怖でおののいているだけだったから。
あとがき
まああれです。
急造SSって奴です。
時期は現在本編より少しだけ未来の話になります。
いろいろあって舞台は明かせなかったりするのですが、もうすぐ本編でも追いつける予定。
というか、あまりに長い間空けてるのでアメジストって誰よって話ですな（汗）
申し訳ないです。
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